小鳥たちのさえずりと、カーテンの隙間から差し込むまぶしい朝陽で航は目を覚ました。
雨上がりの良い天気だった。
腕の中では、萌が静かに寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。
航は一度強く抱きしめて、耳元でそっとささやいた。
「萌ちゃん……朝ですよぉ。」
「……う〜ん。」
泣き疲れて寝た萌はまだ疲れが取れないのか、航の声を避けるようにぎゅっと航の胸に顔を押し付けた。
「……あっ先生、おはよ。」
萌は眠たそうに目をこすりながらそう言った。
「おはよう。」
「萌ちゃん、学校の近くまで送ってくよ。」
「うん……ありがと。」
雨上がりのアスファルト。
水溜りには明るい日差しが反射する。
萌の学校は私立の名門女子校だけあって、遅刻してくる生徒は全くいなかった。
校門の前で立ち止まる萌、寂しそうに航を見つめる。
「……イヴまであと3日だねっ。先生、彼女できた?」
「ううん、残念ながら。」
「この前の約束……ちゃんと覚えてくれてる?」
「うん、覚えてるよ。」
「……じゃあ、24日空けておいてくれる?」
航の脳裏にふと澪の顔がよぎった。
なんだかんだ言って、物心ついたときから毎年ずっと、イヴの夜には澪がいた……
しかし、もう大学生。
今までとは違う。
「うん、いいよ。」
航は笑顔でそう言った。
「ホント? じゃあ、10時に中央改札ねっ!」
萌は満面の笑みを浮かべ言った。
航も優しく微笑み返す。
「うん、わかったよ。」
「じゃあ、行ってきま〜す!」
そう言った萌はいつもの笑顔だった。
「行ってらっしゃい。」
航は萌を笑顔で送り出した。
萌は元気に駆けて行った。
玄関には出かけるときにはなかった澪のミュールが丁寧に揃えて置いてあった。
かすかに聞こえるテレビの声。
いつものようにソファーには澪の姿があった。
テーブルの上にはラップをかけられた夕食が並んでいる。
「ごはん、さっき作ったばっかりだからあっためなくてもいいよ。」
「…………」
澪はレンジで温めようとする航にそう言ったが、航は無言で食べ始めた。
ケンカの原因は航にあるのに、澪は何もなかったように接してくれている。
しかし、航は心では仲直りしたいと思っているのに、ついムキになって逆走してしまう。
「……どこに行ってたか訊かないの?」
「……そんなのお前の勝手だろ。」
「……そっか。 そうだよね。」
重い沈黙……
聞こえるのはテレビの音のみ。
それを破ったのは、テーブルの上に置いてあった澪のケータイから流れる着信音だった。
かんだかい電子音が奏でるメロディーが、重い空気のリビングに鳴り響く。
航はそのケータイのディスプレイに目をやった。
『玲二先輩携帯』
画面にはそう表示されていた……
「もしもし。」
玲二と話している澪は先程までとはうってかわり、とてもいきいきとしていて楽しそうだった。
「……えっ? ……はい。」
「……はい。東京ベイ・リーガル・ホテルですね。はい、わかりました……おやすみなさい。」
……ピッ
澪が電話を終えると部屋はまた静まり返る。
「……先輩にイヴの夜、誘われちゃった。」
「……だから?」
「………別に。」
「……オレだって家庭教師してる子とデートの約束してるよ。」
「……そっか。」