シャワーを浴びた萌。
航の貸したパジャマは、萌には少し大きくて袖から手がでない。
「飲みなよ、あったまるよ。」
航はそう言って湯気の上がるココアを差し出した。
「ありがとう。」
甘い香りと冷えたその体をあたたかく包むココアは、萌の航に対する想いを一層強いものにするには十分過ぎた。
…………
萌はベッドの端に座り、初めて来る航の部屋を眺めている。
さっぱりとした部屋で整理整頓されているところから、航の性格が伺える。
萌には、一つ気になることがあった。
玄関に揃えて置いてある女物の靴、リビングのインテリア……
ネガティブな想像ばかりが途切れることなく頭の中を駆け巡る。
「この家……他に誰か住んでるの?」
「うん、幼なじみと一緒に住んでるんだ。」
「それって、あの写真の女の人?」
萌は机の上に置いてあった写真立てを指差して尋ねた。
それは去年、この大学に澪と二人そろって合格したときの記念写真だった。
その写真の中で航と澪は肩を組んで、二人共満面の笑顔を浮かべていた。
「うん、そうだよ。」
「その人、今日はいないの?」
「……こんな時間になっても帰って来ないってことは、誰かの家にでも泊まってるんだろう。」
航は投げやりにそう言った。
「ふぅん。 ……先生、あたし迷惑?」
「ううん。全然迷惑じゃないよ。」
「よかったぁ……」
雨音と秒針のリズム。
アルバイトとはいえ、教師と生徒。
Wrong time,wrong place.
「……あたし、学校辞めるかも。」
「なんでっ? 通訳になりたいって夢はどうするの?」
「……なりたいけど、学校行きたくないもん。」
「なんで?」
「……友達が転校しちゃうの。
あたし友達作るの苦手だから、友達っていったら仲のいい子が数人だけなの……
その子は小学校からずっと一緒で、その中でも親友って呼べるくらい仲良かった……
その子がいなかったら学校なんて行けないよぉ。」
そう言うと、萌は今まで涙を必死にこらえてきたがついに泣き崩れてしまった。
――女の涙。
それは世の男性のほとんどが苦手だろう。
航も例に漏れず、それには弱かった。
いや、その中でも下位争いをするくらい弱かった。
だからこのような場面はとても苦手だった。
どう対応すれば良いのかがわからない。
抱きしめてやるべきなのだろうか?
しかし、アルバイトとはいえ、生徒だ。
男らしくない。
そうかも知れない。
けど、今までの信用が崩れるかも知れない。
きっとこの子は手は出されないと信用して自分を訪ねて来てくれたのだろう。
出た結論は、先生らしく優しく頭を撫でてやることだけだった。