- RAIN -

12月20日

今日は朝から雨が降っていた。
天気予報によると今日は一日雨らしい。

街はクリスマスを目前に控え、赤や緑に染まっている。






「なんでっ? 昨日これ観るって約束したじゃない!」

珍しく澪が荒げ、そう言った。

「だ、だけどさぁ、やっぱそんな昔の映画より今ヒットしてるやつにしようぜ〜。」


「もういいっ! 航ちゃんのばかっ!」

そう言った彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
澪が航の前から走り去ろうとして振り向いたその時、すぐ後ろにいた客にぶつかってしまった。

「あっ……すみません。」

軽く謝り、また走り去ろうとする。

「あれっ? 澪ちゃん?」

「あっ! 玲二先輩!」

澪が振り返る。
 澪が今ぶつかったのは、澪のサークルの部長である天城玲二(アマギ レイジ)だった。
彼は大手銀行頭取の孫であり、幼稚舎からエスカレーターでこの大学まで上がってきた。
しかし、勉強ができないわけでなく試験ではいつも上位にくいこんでいた。
それにスポーツも万能。
そんな彼の周りには、自然と人が集まっている。
しかし、航は彼のことをなぜかあまり好いていなかった。
自身は気付いていないが、澪が楽しげに話しているのが気に入らなかった。

「やっぱり澪ちゃんだ。何してるの?」

「ちょっと映画を……」

「彼氏とデートかぁ、いいね。」

「違いますよ、なんでこんなのと!」

澪は軽く航をねめつけながら即座にそう言った。

「こんなのだって? オレが言いたいよ!」

売り言葉に買い言葉。航は即座に言い返した。

にらみ合う二人。
それはまるで子供の喧嘩のようだった。



 他に誰もいない部屋には、朝から降り続いている雨の音だけが静かに響いている。
時計を見ると、すでに午前0時を回っていた。
気を紛らわすために、テレビをつけてみる。
ひたすらチャンネルを変え続けるが、くだらない深夜番組しかやっていない。
人はくだらない笑いに腹が立つときがある。
航は一人でふてくされていた。

玲二と澪の背中が頭から離れない。

 冷めた目で、リモコンの電源ボタンを押し、ソファーにもたれ込んだ。
二人がゆったり座れる黄色いソファー。
これも二人でお金を出し合って選んだ。
航は青が良いと言い張ったが、結局はジャンケンで負けた。
しかし、今ではこの色を気に入っている。
澪がコーディネイトしたこの部屋のインテリアには、とても合っていたからだ。

久しぶりの孤独。
一人が嫌いなわけではなかったが、違和感がある。
いつもは生活感のある部屋だったが、二人で住むのに余裕があるようにここを選んだので、久しぶりに一人になってみると何かが足りない。

「あいつ、何やってんだよ……まさか先輩と?」

航はその考えをかき消すかのように首を振る。

「あいつがどこで何をしてようとオレには関係ない。」

そう自分に言い聞かせた。

不意にケータイから流れる着信メロディー。
それが雨の音をかき消して、静まり返った部屋に鳴り響く。

「しょうがないなぁ、迎えに来てくれってか?」

そう早合点した航の表情は、先程までのこわばったものとは全く逆だった。
満足げに携帯を手に取る。

『萌ちゃん』

ディスプレイにはそう表示されていた。
期待の相手ではなかったが、珍しい相手だった。
お互い一応の連絡先程度に番号を知っていただけだったから、萌とはプライベートで遊んだり、連絡を取ったことはなかった。


「もしもし。」

「……先生ぇ。」

「……萌ちゃん、どうしたの?」

「先生……逢いたい。」



駅前ロータリー。
したたる雨の中、一人の少女が傘も持たずにたたずんでいる。
見慣れた制服。
茶色のおさげ。
萌だった……


「萌ちゃん!」


「……先生ぇ!」

萌は航の姿を見つけると安堵の表情を見せ、思わず抱きついた。

「ちょっ……萌ちゃん」





時間が止まる…





「家まで送るよ。」

航の言葉に対して、萌は激しく首を横に振る。

「やだっ! 帰りたくない……先生んち泊めて。」




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