「あと、ドレス買いたいんだけどそれも付き合ってくれる?」
「いいけど、そんなの買っていつ着るんだよ?」
「そんなのクリスマスに決まってるでしょぉ。」
「そんなにキメて過ごす相手なんているのかよ?」
「えへへ、それはヒ・ミ・ツ。」
「あっそ。」
あの時、澪が言っていたのはこのドレスのことだった。
澪とは生まれて間もない頃からずっと一緒に過ごしてきたが、こんなにも美しい姿は今までに見たことがなかった。
まるでHigh-Societyのセレブやファッションモデルのようだった。
「……今から東京ベイ・リーガルホテルでお食事なんだ。」
澪は遠くを見つめ、航とは目を合わさずにそう言った。
「……ふぅん。」
「……今日は……泊まってくるかも知れないから。」
「…………」
「……ふぅん。」
「…………」
「……航ちゃん達は、これからどこ行くの?」
「とりあえず港の見える丘公園行って……あとはまだ決めてない。」
「……そっか……あの子とうまくいくといいね。」
「……うん……お前こそ。」
「……うん。」
そう言った澪の瞳は悲しみの色に染まっていた……
そして、航も……
二人は向かい合ったままお互いに言葉をなくしていた。
「せんせ〜い!」
「急がないと花火始まっちゃうよぉ!」
萌は航の腕を引っ張りながら航をせかす。
「ちょっ、萌ちゃん。」
「…………」
二人のやり取りを無言のままぼんやりと見つめる澪。
その瞳の色は褪せていた。
「……じゃあ、航ちゃん……私、行くね。」
「あ……うん」
「さっきの……澪さんだよね?」
「うん、そうだよ。」
「……すっごく綺麗な人だった。」
「……そうかぁ?」
その言葉は、もう抑えきれない程までに大きく育ってきてしまっている自分の心の奥底の気持ちを無理矢理否定するために出した言葉だった……
「うん、すっごく綺麗だったよ……あたしじゃ勝てないなぁ……」
「…………」
「そんなことないよ。」
「ほんとっ? うれしい……」
自分の気持ちとは裏腹に出した気休め程度の言葉を素直に喜ぶ萌を見ると心が痛む。
しかし、航には傷つけるような言葉をかけることはできなかった。
―港の見える丘公園―
「カップルばっかりだねぇ」
「そうだね、だってイヴだもん。」
「あたし達も他の人から見たらやっぱり恋人同士に見えるのかなぁ?」
「多分ね。」
「そっかぁ……えへへっ、うれしいなぁ。」
萌は恥ずかしそうにうつむきながら、航の手を強く握ってそう言った。
「…………」
萌の気持ちは、いくら鈍感な航にもひしひしと伝わってきた。
この気持ちに応えてあげたい……航にとっても、萌は大切な存在だった。
しかし、萌のことを考えようとしても澪のことが頭から離れず、どうしても考えることができない。
「わぁ、キレイだねー先生。」
真冬の暗い夜空に華やかに散る色とりどりの粉。
萌はそれを指差しそう言った。
「……そうだね。」
航はろくに見もせずにそう言った。
今は澪のことで頭がいっぱいで、星空に散らばる美しい光の粉すら目に入らなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……澪さんの所に行ってあげて。」
悲しく微笑みながら萌はそう言った。
「……えっ?」
「ほらぁ、先生ってばずっとうわの空なんだもん……」
「好きなんでしょ? 澪さんのこと。」
「そんなんじゃないよぉ、澪はただの幼なじみだよ。」
「違うよ。気付いてないだけで先生は澪さんのことが大好きなんだよ。」
「だって……さっきの先生の目、すごく悲しそうだった……」
「……あたしなら大丈夫だよ? 先生のこと大好きだけど、優しいお兄さんとして好きだったってわかったのっ!」
「だから、自分の気持ちから目をそらさないでね。」
「あたしなんかのことはどうでもいいから……今行かなきゃ絶対後悔するよ?」
心がワクワクくするはずのクリスマスソングが、今はとても切ない曲のように胸に響いてくる……
「…………」
「……ごめんっ!」
航は大粒の涙をこぼす萌を後にして無我夢中で走り始めた……
澪の携帯にかけるが、電源が切れているようだ。
「ちっ!」
一度舌打ちし、そのまま走り続けた。
「……今から東京ベイ・リーガルホテルでお食事なんだ。」
「……ふぅん。」
「……今日は……泊まってくるかも知れないから。」
「…………」
……東京ベイ・リーガルホテル。
イヴが終わるまで
あと1時間。
……時間がない。
そして、駅前タクシー乗り場。
航は並んでいる客達を押しのけ飛び乗った。
「東京ベイ・リーガルホテルまで!」