――東京ベイ・リーガル・ホテル
プレジデンシャル・スイート
「澪ちゃん、ワインでもどう?」
「…………」
普段ならばこんな大きな窓いっぱいに美しい夜景が広がっていたら見入ってしまうところだが、やはり航のことが頭から離れない……
「……澪ちゃん!」
「……えっ? ごめんなさい、なんですか?」
「ワインでもどう? ロマネ・コンティだよ」
「ロマネ・コンティ……って高いんですよね?」
「ああ、フランスのブルゴーニュ地方で毎年5キロしか作られないんだ。」
「昔、このワインをめぐって戦争まで起きたんだよ。」
「へぇ、先輩って博識なんですね。そんなに高いワインなのにいいんですか?」
「20世紀最後のイヴの夜を君と過ごせて最高に幸せなんだ。遠慮することはないよ。」
「…………」
「……じゃあ、頂きます。」
芳醇な香りのワインを味わいながら窓の外の夜景を眺めている二人。
「あと1時間でクリスマスだね。」
ふと、時計に目をやり玲二はそう言った。
「そうですね。 ……20世紀最後の。」
……去年のクリスマスはどう過ごしたんだっけ?
そうだ。
あの頃は毎日勉強漬けで、イヴの夜は航ちゃんの家で勉強してたんだった……
二人でお金出し合って、ちっちゃなケーキとシャンパン買ってきて、たった二人きりの寂しいパーティーしたんだった……
でも……楽しかった。
今年のイヴは、世界最高のワイン、超一流ホテルの最高級の部屋、何から何まで至れり尽せりの夜。
……だけど、何か足りない。
「…………」
無言のまま、澪を見つめ続けていた玲二。
ゆっくりと口を開く。
「……大事な話があるんだけど聞いてくれるかな?」
「え? はい、なんですか?」
「澪ちゃん……」
「…………」
「……僕と、付き合ってくれないか?」
「!?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……突然でごめんね。返事はじっくり考えてからでいいよ。」
「……すみません。」
「いいよ、じっくり考えてね。」
『ピンポーン♪』
「来たか。」
チャイムの音で玲二は、ドアに目をやりそう言った。
「えっ?」
玲二がドアを開けると、そこにはベルが立っていた。
「ありがとう。」
「失礼致します。」
ボーイは深くお辞儀をするとドアを閉め、去って行った。
「なんだったんですか?」
「これを渡しに来てくれたんだ。」
そう言って、玲二は真っ赤なバラの花束と、美しく包装された小さな箱を差し出した。
「えっ?」
「メリークリスマス。」
「あ、ありがとうございます。で、でも……」
玲二は丁寧に包装をはがし、箱の中からリングを取り出した。
「君の指にはめてみてくれないか?」
「でも……」
玲二は、そっと澪の手を取りリングを澪の指に通した。
「よく似合うよ。」
「…………」
「……お気に召さなかったかな?」
「いえ、やっぱり私こんなに高いもの受け取れません。」
「気にすることはないよ。受け取ってくれ。」
「…………」
「……ありがとうございます。」
澪の、その手に輝くリング。
やっぱりこれも高いモノ。
去年……何もらったっけな。
受験でバイトできなくってお金なかったから、航ちゃん、手料理作ってくれたんだった……
勉強しなきゃいけないのに、本屋でレシピ書き写してまで……
パスタは芯が残ってて、カボチャスープはおかしな味だったし。
唯一まともだったのはサラダくらい。
ヘタだったなぁ……けど、どんな一流シェフのフルコースよりもおいしかった。
頬を一筋の涙が伝う。